いよわ『アプリコット』の自己解釈に乗せて、最近の自分の感情を代弁してもらおうという会
※深夜テンションで書き始めたので、いつまでこれが保てるか分かりません。
いよわさんの『アプリコット』をご存じでしょうか?私の好きな曲です。
いよわリスナーとしては割と歴も愛も浅いですが、まぁ好きであることには違いないのである程度目をつぶっていただければ幸いです。
今回は、この『アプリコット』の自己解釈(正しいとは言っていない)を、波風立てない程度に発表しようと思います。タイトルにある通り、これから綴る自己解釈は私本人の感情が多分に乗っている(というかほぼそのまま)ため、『アプリコット』の考察ブログを探してここに辿りついた方はここで引き返していただければと思います。
ほぼ友人知人たちに向けて書いているものなので……(リンクを知っている人のみに公開、みたいな設定にしたいのですが、やり方が分からず。すみません)
大前提として
私は現在、大学4年生(執筆時12月)であり、某所から内定を頂き卒業を控える身です。
またこの曲は2021年12月12日に発表されたものです。いよわさんのツイート等を見るに、おそらく当時のいよわさんは大学3年生だったのでは、と思われます。つまりこの曲は、大学3年生の夏~冬に制作されたものであるのでは、と推察します。
入りの歌詞
ゆりかごから墓場まで
行きと帰りのうたた寝
「ゆりかごから墓場まで」……
第二次大戦中、イギリスで作られたベヴァリッジ報告の中で用いられた、イギリスの社会保障の在り方を象徴する言葉です。狭く解釈するなら、誕生から死没まで国家が生活を保障してくれているという状態を指すのでしょうが、まぁここではある1人の人間の一生を暗示するキーワードとでも捉えておきます。
「行きと帰りのうたた寝」……
前述の「人生」の暗示を受けた上で、「行きと帰り」は何を指すのか。当然ながら人生は逆行不可能なので、「帰り」は死を意味しているのでしょうか。そう考えると「うたた寝(=眠気に負けてその場で寝てしまうこと)」は、自殺願望に飲まれて自殺することを指すのでしょうかね。
あまり的を得ている自信がないので、ここは一旦スルーします。
夕暮れの素敵な雨
無垢なる切符の片割れ
握りしめてみた
「夕暮れの素敵な雨」……
夕暮れ=自殺寸前?
悲しいことがあった日の帰り道、ふと顔を上げると夕焼けの輪郭がくっきりと美しく見えて、今まで見えてないなかった世界の素晴らしさに気付く……みたいな経験、ありませんか?私だけでしょうか……
自殺寸前になった日、いつもより雨(悲しいことの暗喩?)が美しく見えた、そのように解釈しています。大事なものって、手放す瞬間が一番惜しくなるんですよね。
「無垢なる切符の片割れ 握りしめてみた」……
無垢=赤ん坊、子供
切符の片割れ=一方通行の通行手形=これも人生の暗喩?
総じて「人生」「人の一生」というのがテーマになっているような感覚がします。またその人生を自分で絶とうか迷っている葛藤も少し感じられますが、最終的には生きる選択をしていますね。『アプリコット』は確かに人生におけるこの上ない絶望、自殺願望を扱ってはいますが、決して「今すぐ死にたい」という種の欲求ではなく、漫然と「このまま生きていてもなぁ、(だから死を選ぶか?)」という迷いを表現した曲だと理解しています。というか、そうであってほしい。
~1サビまでの歌詞
理科室からセレナーデ
おともだちも右回れ
あんずの香りふわりと
「理科室からセレナーデ」……
理科室=小学校や中学校の話であることを示唆?
セレナーデ=夕べに恋人や女性を称えるために歌われた曲、小夜曲
MVの少女がセレナーデを歌う側だったのか歌われる側だったのかは分かりませんが、彼女の小中学校時代が充実していたことを意味していると解釈しています。
普通に考えて充実している人間は理科室なんかでセレナーデを歌わねぇよ!完全に頭が呆けてました。たぶんあんまり学校に居場所は無かったんでしょうね。
「おともだちも右回れ」……
学校でいじめられてた、という訳ではなく、単純に寄ってくる人間を遠ざけていたというのが窺える部分です。人付き合いって難しいですからね。私も、新しく関わりを持った人と仲良くなるのが最近しんどくなってきました(もちろん関係性にもよるが)。
「あんずの香りふわりと」……
歌詞考察における難所です。タイトルの「アプリコット」を回収しているのが、サビ前の何気ないこの一節しかありません。
花言葉に着目する人も多いですが、私はあんずの種子に含まれるアミグダリンが青酸中毒を起こす、という部分に着目したいと思います。青酸中毒(≠あんずの服用ではない)は自殺の手段として有名であり、大戦中であればドイツ軍人:エルヴィン・ロンメルやヒトラーの妻、戦後イギリスではアラン・チューリングが用いています。
あんずの香り=自殺を仄めかしている……というのは早計かもしれませんが、中学生くらいで自殺がふと頭によぎることもあるでしょうし、当たらずとも遠からずくらいの解釈かもしれません。
指先から頭まで
はやる気持ちあたためているから
大事な大事な宝箱に
かわいいかわいい日々をしまった
想い出ごと引き出しで飼いましょう
「指先から頭まで はやる気持ちあたためているから」……
正直、よく分かっていない箇所です。「はやる気持ち」が何に対する気持ちなのか……
「大事な大事な宝箱に
かわいいかわいい日々をしまった
想い出ごと引き出しで飼いましょう」……
これはそのまま、宝箱=想い出をしまった箱 であり、小学校や中学校での想い出は一旦大事に封印して、次へ(高校や大学生活へ)と旅立とうとしていると捉えています。学校にあまり居場所が無かったとはいえ、過ごした日々の記憶を「かわいいかわいい」「大事な大事な」というくらいですから、彼女にとって小中学校での生活はいうほど悪くなかったのではないでしょうか。
1サビまでを総括すると、小中学校ではあまり居場所が無く1人ぼっちになる瞬間も多かった。少しは自殺が頭をよぎる瞬間もあった。でも総じて見れば楽しかったこともあるし、悪くない小中学校生活だったな、と彼女は思っている。というところでしょうか。
~2サビまでの歌詞
小さくなった公園へ
口を開いていた影
鬼が笑っている
あしたてんきになあれ
「小さくなった公園へ」……
当然ながら、公園が急に小さくなったりはしません。少女が大きくなったのです。前節を受ければ、彼女が高校や大学に進学した(進学する年齢になった)と考えるのが自然です。
「口を開いていた影」……
これは「影」を誰とするかで多様な捉え方ができると思います。
・影=少女自身……独り言を呟いている?寂寥感なのか後悔なのか
・影=少女の過去……少女の後悔の具現化?
・影=公園にいる無関係の子供……自分の過去を想起している?重ね合わせている?
「鬼が笑っている」……
公園、鬼……と来れば、これは鬼ごっこのことですね。自身を追いかける存在が近くに見えている、ということでしょう。
あるいは「来年のことを言うと鬼が笑う」という諺もあります。「影」が少女自身であり、少女が独り言を言っていたとすると、少女は公園で来年(または未来)のことを口にしていた、という考察もできます。
「あしたてんきになあれ」……
高校生や大学生にしては幼稚なおまじないに思えます。神頼みをしなければならないほど切羽詰まっている、と考えることもできますし、あるいは自分の人生なんて適当に決まってしまえば良い(≒どうでもいい)、と思っているとも捉えられます。
カラスが運ぶ逆撫で
時の流れが爛れているから
大事な大事な宝箱に
かわいいかわいい手垢がついた
大人になるだけの日が来るでしょう
「カラスが運ぶ逆撫で」……
カラス=不吉の象徴
逆撫で、はそのままの意味でしょう。深い言葉遊びが隠れてるんですかね?
「時の流れが爛れているから」……
昔を思い出して「え!もうあれから○○年経ったの!?」ってなること、ありません?当たり前のことですが、年齢を重ねるほどにそういった経験は増えていきます。彼女も高校生、大学生を経て、そういった感情を積み重ねていったのでしょうか。
「大事な大事な宝箱に かわいいかわいい手垢がついた」……
1サビで大事にしまっておいたはずの宝箱に、どうして手垢がついているのでしょうか。それは、宝箱を何度も開けた(=小中学校時代を幾度となく思い出した)からです。
高校、大学で新しい想い出を積み重ねれば、新しい宝箱に新しい「かわいい日々」をしまうこともあったでしょうに。高校大学では宝箱にしまうほどの想い出を得られなかったのでしょうね。
「大人になるだけの日が来るでしょう」……
個人的に最も刺さったフレーズ。「大人になるだけの日」とは、一体何を指しているのでしょうか。
「大人になるだけの日」とは?
一般的に、「大人になる」はポジティブな意味合いで使われます。例えば18歳や20歳の誕生日なんかが代表的です。18歳なら成人となり、参政権を得られます。20歳ならお酒が飲めるようになり、いよいよ大人の仲間入りと言えるでしょう。
では翻って、21歳の誕生日は?22歳の誕生日は???
細かい部分はあれど、大枠では何もありません。これこそが「大人になるだけの日」であると私は考えています。少女の自我においては、大学生である自分はまだ学生であり、子供に含まれます。でも20歳の誕生日を過ぎれば、もうそれ以降は「大人になるだけ」なのです。ポジティブに「大人になる」という言葉を使える歳は過ぎてしまい、あとは自分の自我と乖離した「大人」へ近づくしかないのです。
そして大前提を思い出してほしいのですが、この曲が作られたのはいよわさんが大学3年生の頃。すなわち、彼が21歳を迎える頃合いです。
この曲には、当時「大人になるだけの日」に感づき、絶望し、或いは人生に対して投げやりな気持ちになったいよわさん自身の心情がそのまま反映されている。そんな気がしてなりません。
ということを踏まえて、2サビは少女が大学3年生の頃だと仮定し、引き続き考察します。
大学3年生の多くが頭を悩ませる、自分の人生や未来に関わるイベント……そう、就職活動です。いよわさんも楽曲制作当時、就活をしていたらしいということは、近辺のツイートから確認できます。
つまり少女を追い詰めていた「鬼」あるいは「逆撫で」の正体は、「就職」なのではないでしょうか。
※就職、と明言しましたが、就職そのものよりも学生という身分で無くなることの方を恐れているかもしれませんね。否が応でも「大人」として生きなければならなくなるのは、少女にとって受け入れがたいことでしょう。ということは、これは就職ではなく「卒業」と言い換えても良いかもしれません。
~ラスサビまでの歌詞
2サビ~ラスサビ間の間奏で、解読不能な声が聞こえると思いますが、これは冒頭の歌詞を、逆再生かつ逆順で歌っているらしいです。つまり
夕暮れの素敵な雨
行きと帰りのうたた寝
ゆりかごから墓場まで
と逆再生で歌っているわけですね。間奏でMVを逆再生するみたいな演出の曲はたまに見かけますが、歌唱だけを逆再生にして紛れ込ませてくるとは……
順当に考えれば、少女が過去を回顧していると捉えるのが自然です。2サビの歌詞で少女を就活生だと仮定したら、就活のために人生グラフ(モチベーショングラフ)を書いたりする人も多いでしょうから、過去を思い出すのはまぁ就活生としては当たり前ですね。
ごめんねとは言わないで
脳の裏をあたためているから
大事な大事な宝箱に
かわいいかわいいゴミが詰まった
大好きとは言えないわ
そうでしょう
「ごめんねとは言わないで 脳の裏をあたためているから」……
脳の裏=脳裏、すなわち記憶や想い出のことを指している?
あたためている=思い出している、懐かしい気持ちになっている?
同一表現に1サビの「指先から頭まで はやる気持ちあたためているから」という一節があります。小中学生の頃は「はやる気持ち」をあたためているのに対して、大学生になった少女は「脳の裏」しかあたためられていない、というのは明確な意図を持った対比なのでしょう。
ここまでは良いとして、問題は「ごめんねとは言わないで」と言っているのは誰なのか?「ごめんね」とは何なのか?ということです。
私は少女が少女自身にかけた言葉だと認識しています。「ごめんね」、つまり自分の人生を恥に思うなんてことはしないで、という言葉を自分にかけていると捉えています
(最初は「ごめんね」=自分や誰かに対する謝罪=自殺、と考えていましたが、全体を見るにこの曲はやはり強い自殺願望の表れた曲ではないと考え直し、上記の解釈に落ち着きました)。
まぁ実際には誰かにそう言ってほしいんでしょうね。誰も言ってくれないけど。
「大事な大事な宝箱に かわいいかわいいゴミが詰まった」……
解釈が2通りあります。
・ゴミ=良くない想い出、つまり高校大学で嫌な想い出をたくさん積み重ねてしまった
・ゴミ=ノイズ、つまり年が経つにつれ昔の「かわいい日々」が思い出しにくくなっている
私はどちらかといえば後者だと思っています。小学校とか中学校、けっこう楽しかった気がするんですけど、もうあんまり思い出せないんですよね。当時仲良くしていた友達、遊んでいた公園、打ち込んでいた部活動、通っていた塾……住んでいた家、通学路、あの頃の家族の顔でさえ。手垢がつくほど「かわいい日々」に頼っていた少女にとって、「ゴミが詰まる」のは本当に辛いことだと思います。
「大好きとは言えないわ そうでしょう」……
はい、言えないと思います。
濁る心の香りがするでしょう
身を正して
やがて来たるその日から
逃げましょう愛しましょう
ああ 逃げましょう
「濁る心の香りがするでしょう」……
そのままですね。「あんずの香り」は「ふわり」としたのに、「濁る心の香り」ははっきりと予感してるんですね。
これは必ずしも悪いことだとは言い切れなくて、心が濁る=将来を思いやって憂鬱になることって、自分が将来について真剣に考えているから起こることだと思うんですよね。つまり少女は(少なくともこの時は)就活に、自分の人生に真面目に向き合っているんだと思います。
「身を正して」……
就活の文脈で捉えるなら、やはりスーツを着るとか、髪を整えるとかのことでしょう。やっぱり少女は自分の人生について絶望してはいますが、同時に将来について真面目に考えて向き合っているのだと思います。自分の人生をこれから放り投げようとする人間が、「身を正す」なんて考えにくいです。
「やがて来るその日から 逃げましょう愛しましょう ああ 逃げましょう」……
「その日」=就職、あるいは卒業でしょうね。まだ心中には激しい葛藤があることが分かります。
総括
『アプリコット』に登場する少女の人生の解釈をまとめると
小中学生:友達は少ない。激しくいじめられているわけではなく、友達付き合いが苦手。自殺を考える瞬間が少しだけあった。ただ想い出としては、本人としては悪くないと思っている。
高校生:楽しくない。小中学校時代の想い出に頼っている。
大学生:就活。「大人になるだけの日」が訪れ、これからの人生に絶望する。ただし自殺を仄めかす描写は明らかに少なくなっており、自分の人生に対して真面目に向き合おうとする姿勢が見える。
ということになります。いよわさん本人の人生経験や、当時の感情を全て乗っけているようにも思えるのですが、どうなのでしょうか……?
「最近の自分の感情を代弁してもらおうという会」
ここまで『アプリコット』の自己解釈を垂れ流して最終的に何が言いたいのかというと、まぁ「先生、俺、死にたいんですよ」ということです。最近22歳の誕生日=「大人になるだけの日」を迎えたのもありますし、もうあと3か月で就職=「その日」を迎えるのもありますし。常に自分の人生に絶望しっぱなしです。
誰が悪いとかは一切ないんですけどね。今までを振り返っても、環境とかにはめちゃめちゃ恵まれてきたと思ってます。
まぁでもアプリコットちゃんも最終的には自分の人生と向き合ってる気がするし。「ごめんねとは言わないで」って言葉を自分にかけたいと思います。自分、まだ脳の裏あたためられます。
ということで、ここまで実に6700文字近い文章をお読みいただき、ありがとうございました。友人知人各位、いつもありがとう。私を知らない人、ここまでの話で、僅かでも何かを持って帰ってくれたら本当に幸いです。
それでは。
『ワールドトリガー』27巻の感想と考察
『ワールドトリガー』27巻がついに発売されました。嬉しい。
なんか書きたくなったので、感想を話の順に沿って書いていこうと思います。
※完全なネタバレを含みます。未読の方は必ずブラウザバックしてください。
※「○○話の○○のシーンで、」などの表現を使います。既読の方にしか伝わらないと思いますがご容赦ください。
232話「遠征選抜試験㉙」
戦闘シミュ―レーション演習3日目にして最終日。二宮8番隊が昨日までと打って変わって劣勢を強いられている。行動力に制限を抱える千佳への集中攻撃が有効手であることにほとんどの部隊が気づいたからだ。
→後ほど明らかになるが、古寺や水上が二宮8番隊のパラメータを横流ししていたため、万全の対策が立てられていたのが原因。
そんな中で、諏訪7番隊との対戦。
メガネ「まずは千佳を狙います。誘導弾の射程に入らなければ大丈夫」
↑鬼畜過ぎる 仮にも幼馴染に対して取れる戦術じゃないよ
この話で注目すべき点は、これまで諏訪7番隊、若村11番隊、(あと水上9番隊)の視点で描かれていた閉鎖環境試験が、完全に二宮8番隊視点で描かれているというところ。1話まるまる使うからには、重要な伏線や転換点を含んでいる可能性があると考える。
(じゃあ水上9番隊が1話使っていたのは何かの複線なのか?と言われると微妙なんだよな……水上というキャラの策謀と照屋という夫人の強さが際立ってて良い回だったが)
この伏線を解くには、「二宮8番隊のメンバー構成はなぜこうなったか」に着目しなければならない。24巻207話にてクジの番号が操作されており、ドラフトで選んだと思われた臨時部隊も実質的に上層部に決められていたということが明かされている。二宮はクジの番号がかなり良かったので、東・千佳は二宮が取る想定をされていたとみて間違いないだろう(絵馬まで想定されていたかは疑問)。ということは、上層部の狙いはやはり「千佳を東・二宮に鍛えさせる」ことにあるとみて良さそうだ。他にも、鳩原と同じく人を撃てない千佳を二宮の指揮下に加えることにより、二宮のコンプレックス的な過去を刺激して二宮の成長を促す目的もあるかもしれない。
233話「遠征選抜試験㉚」
二宮「雨取 ここまでで 何か気付いたことはあるか?」
この質問には「自分のデータが漏れていることに気付いているか?また対処法を考えることはできているか?」という表の意味と、「自分の力でどうにもならない場合はすぐに誰かに助けを求めろよ」という裏の意味が込められていると思っている。
東のフォローにより千佳は前向きに教訓を得ることに成功した。めでたし。このあと、遠征の中で千佳が誰かに躊躇なく助けを求めることで解決されるシーンが出てくるのだろう。
……これだけとは到底思えない。前話の考察を踏まえると、どちらかといえばこのシーンは二宮にとっての成長に繋がっているはずだ。やはり二宮は、千佳に鳩原を重ねている。二宮が過去に鳩原にしてあげられなかったことを、掛けてあげられなかった言葉を千佳にする/言うことで、二宮が前を向くきっかけを作ろうと上層部は考えていたのかもしれない。
戦闘シミュ3日目の結果が公表。諏訪7番隊が1位。北添4番隊が2位。北添4番隊はここまで、染井の洞察の深さや戦略の幅広さが光っている。「……彼女も幹部候補に入れていいのでは?」という唐沢さんの発言が何かの転換点になるのかは分からないが、B級ランク戦の玉狛第二vs香取隊vs柿崎隊から続く香取隊プッシュには必ず意図があるだろう。順当に考えれば、香取か染井が遠征時のキーパーソンになりそうだ。
234話「遠征選抜試験㉛」
水上9番隊の話が半ばまで続く。水上を林藤支部長に喩える迅に対して、忍田本部長は苦笑いしてそう。水上を「あの手この手搦め手なんでもあり」の人材として評価するに落ち着いたようだ。水上を臨時部隊の隊長にしたのは、生駒という適当人間をトップに据えていてもB級3位に君臨できていた彼の指揮能力を測るためだろうか?
見逃せないセリフが後半にあったので取り上げる。
忍田「若村を臨時隊長に選出したのは ボーダーという組織の将来を考えた上でのことだ」
若村に臨時隊長をさせることがボーダーにとって重要事項になるのか???
これが本当なら、若村は今後絶対に無視できないほどのキーパーソンになるということだ。これを読み解くためには、各臨時隊長の選出理由について改めて考える必要がある。
臨時隊長はどうやって決まったのか?
209話で諏訪が言った通り、大まかにいえば「幹部候補」と「隊長候補」の適正を見るため、で正しいだろう。二宮や諏訪はランク・年齢が高く、ガロプラ戦でも諏訪が指揮を執ったように幹部への道が既に見えている。柿崎・来間は個人としての戦闘能力は中程度であるものの、19歳で比較的年長者であり、何より人望がめっちゃ高い。
諏訪「王子もギリそうかもな」と言っていたように、王子が微妙なところである。B級上位の隊長、かつ頭脳派であるという点で二宮と共通しているので、幹部候補枠と言われても違和感はないのだが……。なお他のB級上位の隊長は、影浦・生駒は幹部に向いてなさそう、弓場は副官ポジっぽい、那須は隊長だけど体調が……。あと東さんは既に幹部だろ。ということで、消去法で王子が候補になった可能性がある。
次にA級だが、歌川と古寺は次期隊長だろう。順当に行けば風間は幹部になり一線を退くため、歌川が隊を引き継ぐことが予想される。古寺に関してはボーダーの部隊の変遷が分からないが、もし弓場隊の王子蔵内のような独立が多いのならば、古寺の独立はそう遠くないのではないだろうか。地形戦への造詣が深いというのが彼の強みなので、上層部が古寺を高く買っているのではと思う。
反対に隊員役である菊地原と木虎だが、菊地原はどう考えても隊長に向いてないし、木虎は広報部隊である嵐山隊の一員のため、そう簡単に独立したりはしないだろう。よって隊員役での参加なのだと考えられる。
残るは北添・水上・村上・若村だ。
水上は生駒を抜きにした彼の指揮能力を測りたかったのでは?という推察を先にしたので、置いておく。
村上に関しては、①来間が幹部になった際に隊長を引き継ぐため、その試験。②強化学習のSE持ちに隊長の経験を刷り込むとどうなるのかの実験。という2つが理由として考えられる。
不可解なのが、北添と若村だ。隊長経験者ではない、幹部候補にもなりそうにない、そもそも指揮能力が高くないという共通点がある。あえて挙げるとすれば、それぞれ影浦・香取という気分屋がトップを務める隊のNo.2であるところか。ここは水上と共通するが、上層部がわざわざ適性を測ろうと思うほど指揮能力が優れているようには見えない。しかし、考え続けているうちに、最悪な仮説が1つ浮かんできた。
それは、どこかのタイミングで影浦と香取が死ぬという説である。
上層部の会議に迅が同席しているということは、ある程度未来の分岐を明かした上でこの閉鎖環境試験が行われていると考えて差し支えないだろう。ということは、高確率で死ぬ未来が待っている人物は把握されているだろう。
もっと言うと、若村がしっかりしていなければボーダーという組織そのものが危うくなるとまで言われている(?)ので、遠征中などの最重要盤面で亡くなるのでは?という予想が立つ。いや最悪ですが。
もっとマシな仮説としては、大規模侵攻の修や三輪のように、なにか未来の分岐点に関わる地点に若村がいる、というところだろうか。問題は、若村は隊としても個人としても遠征に行ける可能性が0に等しいため、その分岐点は近界ではなく玄界にある、ということになってしまうことだ……。
23巻202話より、迅が「アフトの属国のデータをもらったことで おれは三門市を守ったほうがいい感じになりそうなんだよね 未来的に」と言っていたように、遠征中にもアフトかロドクルーンが玄界に侵攻することが示唆されている。なので、そちらの防衛に若村がキーパーソンとなるという可能性もあるだろう。
あと考えられることとしては、もっとずっと未来の話(それこそ5年10年先)だが、ボーダーのさらなる発展の際に若村の力が必要になる説である。これは完結までに回収される気がしないので、この線は薄いと考えている。
235話「遠征選抜試験㉜」
影浦「ウチはもう 戦闘(バトル)だけで食っていくわけにゃいかねーんだよ……」
があまりに気になった回。その後が鳩原回想回で、影浦隊の降格理由が明かされたため、たぶん絵馬を遠征に連れて行こうと必死になっている途中なのでは、というのが真っ当な推察だと考えられる。
ただ、上記の「影浦死亡説」が真ならば(そんなわけないが)、まだ何か裏の事情があるのではとも思えるので、今後の展開を注視したい。単行本勢だけど。